目に見えない「心」をどう扱うか?
日頃、私たちは何気なく「心」という言葉を使います。
「心を込める」「心に迷いが生じる」「心と身体」「心の問題」「心にもないこと」など、例を挙げたら切りがありません。
しかし、この「心」というのは、決して目に見えるものではありません。
もし、目に見えるものであれば、何か問題が起きた時に、どこがどう問題なのかを見つけやすく、解決につなげていくことが容易になります。
ところが、心は目に見えないため、何らかの問題や不調が生じた時に、どこにどのような問題があるのか、何が原因で不調が生じているのかがわかりにくいものです。
そのため、何の手立てを講じることもできず、ただひたすら「考える」ということをせざるを得なくなります。
しかし、頭の中で一生懸命に考えたとしても、まとまりがなく、混乱してしまいうことになりがちです。
そして、延々と考えたものの、結局、何も見つけられず、徒労に終わってしまうこともあります。
直面する問題の解決策や、問題の本質、不調の原因などがさっぱりわからず、適切な対処法を見い出すことができず、何をどうすればいいのかわからないため、行動を起こすことができなくなってしまうこともあります。
かくして私たちは、為す術もなく、途方に暮れるということになってしまうのです。
その場合、人は、それでも希望を求めて模索し続け、苦しみながらも生きようとすることもあれば、絶望し、生きることの意味や価値、目的を見い出せなくなり、「生」とは別の道を選んでしまうこともあります。
このように、心とは、人の生命の行方を大きく左右するものであり、むしろ、人は心によって生きている存在と言うことができるでしょう。
したがって、「見えない心」をどう扱うかということは、私たち人間が生きるうえで非常に重要なことであるのです。
では、この「見えない心」に、私たちはどのように向き合い、対処していけばいいのでしょうか?
「理想の自己」と「現実の自己」のギャップ
「心」は決して目には見えないものの、だからといって存在しないわけではないので、それ自体を無視して生きることはできず、しっかりと向き合い、うまく対処していくことが求められます。
そこで、非常に役に立つものをご紹介しましょう。
それは、カウンセリングの基本と言える「来談者中心療法」を創始したアメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズが提唱した考え方です。
心の問題は、「理想の自己」と「現実の自己」のギャップによって生じているとロジャーズは考えました。
つまり、理想とする自分(理想の自己)に近づけないことで、私たち人間は強い心の苦しみを抱えることになると唱えたのでした。
「理想の自己」の例としては、「こうありたい」という自分の「在り方」であったり、「こうなりたい」といった未来の夢や目標といった、人生全般に関係するものが挙げられます。
具体的には、「人の役に立つ仕事に就きたいけれど、怖くて踏み出せない」とか「やってみたいことがあるけれど、不安で動けない」といったものが挙げられます。
このほかには、もっと身近で日常的なケースもあります。
例えば、多くの人の悩みは人間関係に関するものであり、そこに苦手意識を持っている人であれば、「もっと人と関わって仲良くなりたいけれど、関わるのが怖い」とか、「自分から話しかけたいけれど、話しかけるのが怖い」といったものが挙げられます。
このように考えれば、ロジャーズの言う≪「理想の自己」と「現実の自己」のギャップ≫という言葉の意味がよくおわかりいただけると思います。
そして、本題はここからです。
人は、今の自分(「現実の自己」)と異なる「理想の自己像」(人の役に立っている自分、みんなと仲良く話している自分などのイメージ)を抱くと、その「理想の自己」に近づくために努力することになります。
ところが、こうした「心の問題」というのは、決して目に見えるものではないことは先にも述べました。
見えないものを扱うのは至難の業とも言えます。
そもそも、問題そのものを捉えることが難しいばかりではなく、捉えることができたとしても、どのように解決すればいいか、すなわち、どうやって「理想の自己」に近づいていけばいいのかわからないということになる場合が多くあります。
かくして、悩みは尽きないばかりか、むしろ、深まるばかりであったりするのです。
特に、多くの人が頭を痛める人間関係の悩みというのは、自分だけではなく、「他者」という外的要因が非常に大きな影響を及ぼすことになります。
人は、人と関わり合って生きており、また、人と関わることなくして生きることはできないため、必然的に「他者」の存在を無視することはできないのです。
何か行動を起こそうと思っても、それによって「自分が傷つく(傷つけられる)のではないか」という恐怖を抱いてしまったり、逆に相手を「傷つけてしまうのではないか」「嫌な思いをさせてしまうのではないか」と考えてしまい、結局、行動を起こせなくなってしまうことがあります。
このように、人が悩むということは、「理想の自己」に近づく(成長)過程で生じる葛藤であり、避けることのできない弊害と言うことができるのです。
つまり、「悩む」ということは、「成長」へのプロセスであるということなのです。
したがって、タイトルにも書いたように、私たち人間が悩んで心が苦しくなるのは、理想に向かっている証拠であり、言い換えれば、成長している証であると言うことができるのです。
そのため、あなたが今、悩んでいるとしたら、そんな自分を恥じたりする必要はなく、むしろ誇らしく思い、自分に自信を持っていいでしょう。
なぜなら、あなたは間違いなく「成長している(理想に向かっている)」からなのです。
理想と現実のギャップをなくすには?
「悩む」ということがいくら「成長」している証拠とはいえ、苦しいことからは早く解放されたいと考えるの当然のことでしょう。
苦しみから解放されるためには、「悩み」が解消される以外に方法はありません。
それはつまり、理想と現実のギャップをなくすということになります。
先にご紹介したロジャーズの考えで言うならば、「理想と現実の間のギャップがなくなるように、現実の自己を理想の自己に近づけることができれば、苦しみから解放される」ということになります。
しかしこれは、言葉であらわすのは簡単ですが、この過程を実践し、目標を達成するのは容易なことではありません。
むしろ、非常に困難であるがゆえに、私たち人間は悩み、苦しむのです。
特に問題となりやすいのは、理想を高く掲げ過ぎてしまった場合です。
現実の自己から大きくかけ離れた、あまりにも高い理想を掲げてしまうと、なかなか理想にたどり着くことができず、途中で疲れ果ててしまうことがあります。
あるいは、理想にたどり着くまでの道のりが見えず、途方に暮れてしまったり、前進する意欲を失ってしまうこともあります。
せっかく理想に向かっている(成長している)のに、その途中で挫折してしまっては意味がありません。
そうならないためには、どうすればいいのでしょうか?
それには、次の3つの大きなポイントがあります。
〔1〕適切な「理想の自己」を設定する
前述したように、高すぎる理想では、なかなか到達できず、途中で挫折してしまう恐れがあります。
そのようなことを避けるためにも、自分に合ったレベルで、現実的に到達可能な「理想」を掲げることが大事です。
〔2〕「理想」に向かう道のりを明確化する
自分に合った「理想」を掲げたとしても、そこに到達するための道のり(コースやプロセスなど)が不明確では、どこを通り、どうやって理想に辿り着けばいいかがわかりません。
「理想」に到達するためには、どのようなコースを通ればいいか、何が必要か、などを明確化し、順次、クリアしていくようにすれば、理想に辿り着きやすくなります。
〔3〕「理想の自己」に近づくためのエネルギーを確保する
「理想の自己」に近づくための道のりは、決して短いものではありません。いわば、マラソンのような長距離レースに例えてもいいでしょう。
マラソンの場合でも、ランナーはレース前にエネルギー補給をします。レース中にも栄養ドリンクなどでエネルギーを補給するのが一般的です。
マラソンのような長丁場のレースでは、それだけ多くのエネルギーが必要になるということなのです。
途中でエネルギーが切れてしまっては、前に進むことができなくなり、「理想の自己」に近づくことができなくなってしまいます。
「心のエネルギー」が十分に備わっているかどうか、足りなくなってきた時の備えはできているかを確認してみる必要があります。
そのためには、今の自分の心の状態を見つめ直すところから始めましょう。
3つのポイントを忘れなければ「理想の自己」に近づける!
「悩み」、すなわち「心の苦しみ」というのは、あなたが「理想の自己」に近づこうとしている、つまり、成長しようとしていることのあらわれです。
そのプロセスは決して楽なものではありませんが、誰もが避けては通れないことなのです。
誰もが経験するということは、人は自分の悩み・苦しみを乗り越えていく力を持っているということなのです。
そして、その力を遺憾なく発揮するためには、先にも記した次の3つのポイントがあります。
〔1〕適切な「理想の自己」を設定する
〔2〕「理想」に向かう道のりを明確化する
〔3〕「理想の自己」に近づくためのエネルギーを確保する
この3つのポイントを忘れなければ、必ずや「理想の自己」に近づくことができます。
さあ、あなたも「理想の自己」を目指して進んで行きましょう!
「進む」ことも大事だけれど、「休む」ことも大事
前項では威勢のいいことを書きましたが、だからといって、頑張りすぎるのもよくありません。
「理想の自己」に近づくために大切な3つのポイントを知ると、前に進みやすくなるので、「これで大丈夫!」と勢いづいて、がむしゃらに前に進んで行ってしまいがちです。
自信を持って前に進んで行ってもらえるのは良いことではありますが、何事も「頑張りすぎ」はよくありません。
前に進み始めた人がつい忘れがちなのが、「休む」ということです。
「理想の自己」に近づこうとしている途中の道のりは、まさに山あり谷ありと言っていいでしょう。
もちろん、楽しいこともありますが、時には厳しい場面に遭遇することもあります。
苦しくて、つらくて、泣きたくなることもあるかもしれません。
そんな時にはどうすればいいでしょうか?
厳しい状況に置かれた時や、どうしていいかわからなくなった時・・・。
逃げ出したり、投げ出してしまうのではなく、いったん休止したり、保留にしたりしてもいいのです。
そして、悩んだり考えたりすることを一時中断することも大事なことなのです。
そうすることで、休息を取り、欠乏したエネルギーを補給して、再び前に進み始めることができます。
場合によっては、頭をリフレッシュできて、それまで気がつかなかったことにハッと気づくことができ、一気に前に進むことができたりすることもあります。
人生は、常に前進し続けなければならないというものではないのです。そんなことをしていたら、すぐに疲れ果ててしまいます。
時には休みながら、3つのポイントを忘れることなく、「理想の自己」に近づいて行ってください。
二人三脚で「理想の自己」に近づくのがカウンセリング
3つのポイントを忘れず、休みを取りながら前に進むとはいえ、「理想の自己」に近づいていく道のりは平易なものではありません。
そもそも、3つのポイントのうちの〔1〕適切な「理想の自己」を設定する〔2〕「理想」に向かう道のりを明確化する――これらについては、自分だけで適切に設定、明確化するのが難しい場合があります。
もちろん、自分の力だけで設定、明確化、前進して行くことも十分に可能ですが、なかなかうまくいかなかったり、時には困難に見舞われることもあったりして、自力だけでは厳しくなってしまうこともあります。
そのような時、「一人旅」の場合、誰のサポートも得られず、挫折してしまう恐れがあります。
そこでお勧めしたいのが、カウンセリングを受けて、カウンセラーと二人三脚で「理想の自己」に近づく旅を歩いていくという方法です。
「一人旅」は気楽でいい反面、時に孤独感に襲われてしまうことがあります。そんな時だけでも構わないので、カウンセラーに今の思いや困っていることなどを話すことで、自然に頭の中が整理され、気持ちに余裕が生まれてきます。
そうすれば、今、直面している困難を乗り越える術を自らの手で見い出し、実践していくことができ、さらに前へと進んで行くことが可能となります。
私たちカウンセラーは、あなたが「理想の自己」に近づいていく旅のお供をさせていただけると大変うれしいです。